マイクロアレイ解析のフローチャート2 までに得られたのは、「特定の(生物学的な)機能を持ち、かつ、特定の発現変動パターンを示した遺伝子群」 でした。例えば、「炎症系の遺伝子が増加していた」 ということが分かったとしましょう。
次のステップに移る前に、まず、ここで考慮すべきポイントがあります。それは、「炎症系の遺伝子が増加していた」=「炎症反応が亢進した」ではない 、ということです。
意外に思われる方も少なくないのではないでしょうか?ここにアノテーションの問題があります。
ポイント1
第1に、「炎症系の遺伝子 」というアノテーションには、「炎症を活性化 する遺伝子」と「炎症を抑制 する遺伝子」の両方が含まれています。
GO:0006954: inflammatory response には、 GO:0050728: negative regulation of inflammatory response と GO:0050729: positive regulation of inflammatory response が含まれます。
inflammatory response には、 negative と positive 2つの regulation が含まれる。
ポイント2
第2に、アノテーションの情報は更新され続けており、完全ではありません。まだ、活性とも抑制とも書かれていないこともありますし、活性 と抑制 のどちらも書かれていることもあります。(おそらくは、ある条件下で逆の働きをすることもあるのでしょう。)例えば、 Angiotensinogen (AGT) は、 negative regulation of neuron apoptotic process と positive regulation of apoptotic process の両方をアノテーションに持ちます。
AGT は、apoptosis に対して抑制と活性のどちらか?
ポイント3
第3に生体内の多くの現象が、フィードバック により恒常性を保っています。よって、ある現象を活性化させる遺伝子の発現が増加したとき、負のフィードバックが働き、その遺伝子を抑制する遺伝子も増加してくることが予想されます。したがって、ある現象を活性化する遺伝子 と抑制する遺伝子 の両方が増加していても、それほど不自然ではないと言えるでしょう。フィードバックループの例としては時計遺伝子がよく知られています。
フィードバックループ。mPERはmCLKを抑制し、一方、mCLKはmPERを活性化する。
例えば、肝硬変でコラーゲンの産生が過多になっているような組織であれば、コラーゲンの遺伝子である COL1A1 の発現が高く、同時にコラーゲンを分解する MMP の発現も高いという状況が予想されます。MMPによる分解が追いついていないだけと考えれば、矛盾した状態とは言えないでしょう。
以上のようなことから、マイクロアレイデータのみを根拠に、「炎症系の遺伝子が増加していた」=「炎症反応が亢進した」 と結論づけることは困難と考えられます。